私の自論

先にやってしまう

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今は有言実行というのがカッコいいとされてるみたいですが、私はどちらかというと不言実行タイプ。自分のやろうとしていることをいちいち人に言う必要があるのか?と考えてしまうので、こういう面では旧時代の人なのかもしれません。(^^;

正直言うと、今まで不言実行&事後報告が多かったです。(笑)

大抵、あることを企んで自分で計画を練って、そのまま誰にも言わずに黙ってやってしまって、後からやったことを「実は‥」と言い出す感じですね。

勿論、みことばの方向性に合わないことは最初からしませんよ。それはうまくいかないことが分かっているから。

でも、祈って計画も立てて、少しでも救いの役に立ちそうだ、これは勝算がある、と思ったら即やってしまいます。

逆に、そうやってきたからいろいろできたような気がします。

実を言うと、最近も黙ってやってしまったことがあります。(笑)誰にも迷惑かけてないし私が言わない限り多分みんな分からないと思いますが、世の中に働きかけてることではあります。 知りたいですか?気が向いたらそのうち公表しますね。 (笑)

なかなかできない人の多くは、いろんな人にどう思うかを聞きまくって、様々な意見を聞き過ぎて、結局どうすればいいかわからなくてやらないというパターンのように見受けられます。

最近は私自身が個人で活動しているのでだいぶ減りましたが、以前は『これ、どう思いますか?』という漠然とした質問を受けることが多々ありました。

そんなこと聞かれても私は予言者じゃないんだからこれから起こる事なんてわからないよな~と内心思ってました。

まぁ、そういう漠然とした質問をする人の心理は大体、指導者に『良いよ』と言ってほしいだけなんですよね。それは分かってるんです。でも、そこで『良いよ』と言ってしまうと、「○○さんが良いと言ったからやった」という風になっちゃうんですよ。

これは本人のために良くありません。人が根拠になっているし、自分で責任を負うつもりがないことを意味しているので。

行動の根拠はあくまでも「こういうみことばがあったから」「説教でこういう話が出たから」「祈っていたらこういうしるしがあったから」など、人ではなく神様であってほしいです。

誰かに後押ししてもらわないと不安で出来ない人は、正直依存症だと思います。

神様の御言葉を聞いて受ける感動は人それぞれ違います。それを理解しないといけません。

同じ御言葉を聞いても自分が受けた感動と、他の人が受けた感動が同じとは限らないのです。だから、自分が受けた感動は神様が自分に与えたものだと思って自分がやってしまわないといけません。

恐らく、誰かに相談したところで一般論的な事しか言われないと思いますよ。

ただ、先にもお伝えしたように、祈って、計画も練って勝算があると思うことをやるべきです。無鉄砲に「感動」だけでやるのはお勧めしません。

とにかく今ここで言いたいのは、自分が感動を受けていることに対し、それをやるかどうかを人に決めてもらうのは良くない、という事です。

やる中で分からないことが出てきたら具体的に質問すればよいのです。

まだ特に感動がない方は、それも卑屈に思わず、今は基礎を固める時だと思って地道に基本的な事をやり続けていけば良いと思います。

信仰生活は人と比べることでもないし、人に判断してもらうことでもありません。神様と自分との関係で成り立つものです。

神様が自分に与えて下さった道を最後まで歩んでいきたいですね。

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