私の自論

奇跡やしるしよりも大きなこと

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いよいよ11月ですね!

今年も残り2か月足らずになりました。

時間が経つのは早いです。残りの日々を悔いなく過ごしていきたいですね。(^^)

ところで、昨日(11/1)の主日の説教の中での先生の聖書解説を聞きながら改めて感謝したことがあります。

それは、私が先生から聖書を学んで本当に良かったなという事。

聖書は比喩を解かないといけない、という事ばかりが先生の聖書解説の特徴として挙げられがちですが、私はそれ以上に、時代背景やその時の状況を考えないといけない、という事を学んだことが大きかったです。

例えば「金持ちは天国に入れない」という話。

確かに聖書にはイエス様がそう言ったと書いてあるけれど、だからと言って金持ちはだれでも無条件天国に入れない、という意味ではないと教えていただきましたね。

その時、イエス様が話した相手に言った言葉です。

その時の相手がどういう人だったか、またどういう話の流れだったのかを考えないと聖書を誤解します。

その言葉だけを切り取って「キリスト教ではお金持ちはいけないんだ」と受け取ってはいけないと学びました。

それは先生の言葉も同じです。

先生が誰に、どのような状況の中で話したのか、それを考えないと誤解します。

先生がああ言った、こう言った、という所だけをピックアップして躓く人がいるのです。

または、その時は躓かずにその言葉だけを無条件信仰深くインプットしてしまい、意味を誤解したまま言葉を守って後で文句を言う人もいます。

私はそうやって先生を誤解する人を見て、聖書を誤解する人もそうなんだなとハッキリ悟りました。

それで、聖書辞典などを買ったりして言葉や時代背景など理解して読むようになったら、それだけでも本当に聖書がよく分かるようになりました。

聖書は真理の本ですが、一番新しい箇所でも2000年前ですし、舞台はイスラエルです。

現代日本に生きている日本人の認識観のまま読んだら意味不明になるのは当然ではないでしょうか?

だったら真理とは言えないのでは??という疑問がわくかもしれません。

しかし、私はむしろ、時代背景と状況を考慮するからこそ、イエス様の言葉の真意が理解でき、そこから真理を悟ることができる、と考えます。

聖書を正しく理解することが救いの第一歩です。

その聖書を正しく理解できるように教えてくださる存在が本当に大きいです。

奇跡やしるしが大きいのではないです。それは入り口にすぎません。

それより、神様の言葉を正しく教えられるという事が何よりも大きいことを悟らないといけませんね。

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