私の自論

分かりやすい講義

投稿日:

今日は講義を分かりやすく伝えることについての話をしようと思います。

講義は何よりもまず「分かりやすくないといけない」ということについては誰も異論がないでしょう。

ところで、ここ数年、講師訓練を受けている方々から講義を聞いてほしいという依頼が時々ありますが、その度に残念に思うことがあります。

それは、皆さん講師訓練でもらったらしい講義案通りに伝えるのでほぼ全員同じような講義なんですね。勿論講義だからオリジナリティがなければいけないという事ではないのですが、同じ講義案を同じように伝えるので、ツッコミどころもみんな同じ。分かりにくい箇所も同じ。

講義というのは必ず講義ごとに『これを伝える』という核心があって、それを伝えなければいけません。逆に言うと、それがハッキリ伝わればよいのです。

でも、皆さんの講義を聞いていると、核心を伝えることよりは講義案通りに間違えずに伝えることに頑張っている感じがします。

核心を伝えることもただ「言った」というだけではダメなんです。言ったけど相手がポカンとしていたらそれは伝わってません。

大事なのは、核心をどう伝えればきちんと相手が理解でき、納得できるのかという点です。いきなりそこだけ伝えればよいというわけでもないし、講義案の文言をそのまま言えば伝わるというわけでもありません。

根拠を示しながら核心が衝撃的に伝わらなければいけません。

そのためには、「自分ならどう説明されたら納得するのか」ということを常に考えてほしいです。

まずは自分自身が納得できるように筋道を立てて、核心部分はどういう表現をしたら良いかを研究することです。

少なくとも、自分が新入生の時に疑問を感じた所や分かりにくかったところは、「こう説明すれば当時の自分も納得できたはずだ」というくらいの講義ができるようにしてほしいですね。

最初は講義案通りに伝えるとしても、やりながら研究しないといけません。

共通の講義案があるということは、大筋が外れることがないという安心感はあるのでその点は良いと思います。ただ、それだけだとミスはないけど大当たりもないなという感じがします。

聖書も良く読んでほしいですね。講義で引用する箇所しか知らないなら、その聖句の背景をきちんと説明することはできません。

勿論全部やってから講師デビューしようとしたら一生できませんから、講師をしながら聖書も読んで、どういう説明が良いのか研究もして、そうしながらブラッシュアップしていくのです。

だれかに「どうだったか」を聞くのも良いですが、何よりも自分が講義した相手に信仰が入っているのかどうかが一番のバロメーターになると思います。

とにかく、自分自身が聞いても納得する、という講義を目指してくださいね。そうすれば間違いがないと思います!

みことばを伝えようと日々努力している皆さんの上に主の祝福がありますように💛

-私の自論
-

執筆者:


コメントを残す

関連記事

最初から

研究シリーズ第三弾! 今回は、研究というより、私自身がやりにくいと感じて変えたことをご紹介します。 それは。。はかりごとや隠しごとはできる限り無くすこと! これは性格にもよるかもしれませんね。(笑) …

艱難に打ち勝つ方法

今週は艱難の話が出てきましたね。 艱難は程度の差はあれ、誰にでも襲ってくるものです。 皆さんにも艱難があったでしょう。 でも、皆さんそれぞれが自分なりに艱難に打ち勝ってきたから今こうしてここにいるのだ …

no image

周囲には感謝がいっぱい!

昨日、ちょっとコンビニに寄って、レジで会計をしているとき、レジを打っているバイトの子を見ながら、ふと『ここでこうやって働く人がいるから私はここで買えるんだな。』という考えが浮かんできました。 そのレジ …

「信仰」という土台

今の時代は「行い」が強調されますよね。行いの時代ですから当然です。 だから新入生のうちから行い、行い、と行いを叩き込まれるわけです。 でもここで注意すべきことがあります。基本的には、この行いは「信仰」 …

no image

歳のせいじゃないそうです!

久々に健康の話題です。 今日無料でもらった健康に関する小冊子にこんなことが書いてありました。 高齢により筋力が落ちて食が細くなり、健康問題を起こしやすくなった状態を「フレイル(日本語で虚弱の意)」とい …

メールアドレスを記入して購読すれば、更新をメールで受信できます。

%d人のブロガーが「いいね」をつけました。