私の自論

楽な人

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皆さんはどんな人と一緒にいたいですか?

人それぞれ好みの問題もあるとは思いますが、少なくとも一緒にいてストレスがたまるような人や、イライラする人、不安を掻き立てられるような人等々・・・とにかく疲れる人とは一緒にいたくないですよね?楽な人が良いですよね?

では、どういう人が一緒にいて疲れるのだろう??と考えた時、まずは言葉がきつい人は対話していて辛くなるので誰でも嫌だと思います。これについてはほとんどの人は異論がないと思うんですね。

でも、中にはきつい言葉を発しなくても一緒にいるのが辛い人というのはいませんか?(私だけ?)

自分でもどうしてその人といるのが疲れるのか、楽じゃないのか、肉的には理解できないことがあるんです。(笑)

それでいろいろ考えてみたんですけど、私が思うに、多分その人の発する波長や雰囲気の問題だと思うんですよね。

いくらその場で笑ったり普通に会話していても、その人全体から出る雰囲気というのがあります。世の中的な言い方をすれば、いわゆる「負のオーラ」や「不安定なオーラ」「尖がったオーラ」を発する人がいるという事です。

逆に、会うだけで元気になる人もいますよね。特別に何か声掛けをしてもらったわけでもないのに。

これってその場その場で作り出せるものではないと思うのです。

日ごろどういう心で生きているかで決まるのではないかな?と。

日々安定した心で生きている人は波長も安定しているし、相手に安心感も与えるけれど、毎日悲観して生きている人はその悲観思想が言葉を発しなくても全身から溢れてしまっているんじゃないかと思うんですよね。

悲観までいかなくても、日々心のアップダウンが激しい人などは不安定感が出てしまうような気がしますし、人をライバル視ばかりしている人はキツイ波長になると思うんです。

毎日平安で安定した心で生きること、これは実は難しいけれど、これがその人全体の雰囲気や印象を決定付けるものになるのだと思います。

聖書的な言い方をすれば、キリストの香りを放つ人。御霊の実を結んだ人。

皆さん学んだとおり、霊と魂(心)と肉体はつながっています。根本的には霊的な状態が肉体にも現れてくるということです。それはいくら肉的に繕っても出てきてしまうものなのです。

霊的なことはごまかせません。

結局私たちが御言葉を学び実践するのは、キリストの心を持つこと、キリストのような人格を身につけること、究極的にはキリストの霊人体に近付くこと。

これが身に付いたら、きっと自分が無意識に平和を発信する人になるんじゃないのかな?

【参考】

しかし、御霊の実は、愛、喜び、平和、寛容、慈愛、善意、忠実、 柔和、自制であって、これらを否定する律法はない。  (ガラテヤ5:22~23)

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