私の自論

疑うと消耗しませんか?

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以前、疑い深かったり信仰のアップダウンが激しい人を見て思ったことがあります。

信仰深くない人って大変だな~、と。(ちょっと上から目線で申し訳ありません。)

世の中的には、何事も疑ってかかることが賢い現代人という感じなんでしょうけれどね。

「私は意識が高いから簡単には信じない」という人もいるかもしれません。

でも、冷静に考えてみると、神様の世界では疑う事によるメリットが見つからないのです。

まず、疑っているときは心が定まってません。

だから決断ができず、決断力が相当に鈍くなります。

そりゃそうですよね。本当かどうか疑っているのですから決められなくて当然です。

行動にも力がありません。

疑いながら行動するから自然と恐る恐るになります。

そうなると必然的に突破力とか突進力とかが欠けるようになります。

このような状態では何事もうまくいくはずがありません。

うまくいかないと「やっぱり違うかも」という新たな疑念が生じます。

疑念が生じると心が不安定になります。

常に「本当に大丈夫なのかな?」「もし違ってたらどうしよう」という心理状態になるからです。

疑う事に次いでもう一つ。

些細なことで躓く人を見ながら、これまた大変そうだな、と思ったこともあります。

そんなことで躓くのか、と。

躓く頻度が高い人はほぼ間違いなく信仰心が薄れていきます。

自分は意識が高いからちゃんとしてない人を見て躓くのだ、という人もいるかもしれません。

この理論が正解なら、主は不完全な私たちを見ながら躓きまくっていることでしょう。

でも実際は私達を愛してくださっているのです。

ということは、この理論は主と一致しないという事です。

実際は、心の許容範囲が狭いほど受け入れられないことが多く、躓きやすくなります。受け入れられる人は躓きません。

躓くと、多くの場合、否定的な気持ちになりますよね?。少なくとも躓いたおかげで明るく元気いっぱいになったという事はないでしょう。

正直、常に疑っていたり、常に躓いていたりしたら、精神的に消耗しませんか?

だから結論としては、疑わない、いちいち躓かない、というのが一番自分が楽だと思うのです!

私個人的には、絶対信仰というのは、自分自身が楽に生きる秘訣のような気がしています。

神様を絶対的に信じているから心が常に安定しています。

自分は神様の主管圏で生きているのだと思うと安心感が増します。

心が安定し、安心感があると自然と自分自身が穏やかになって行くような気がします。

現代人はやることが多くて忙しいですが、せめて心は楽に生きたいですね。

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  1. […] 昨日、くらら牧師の「疑うと消耗しませんか?」というブログを読んでいて「あぁ、わかるわー。疑ったり不安になったり「なんでこうじゃないの!?」って思うのは結局自分が損なんだよな」って思いました。(思うのと実際できているかは別なんだけれど。ちゃんと自分の感情に向き合って神様につなげることが必要だねー!)このブログでは信仰生活について書かれていますが、私は職場での自分の姿を顧みながら読んでいました。 […]

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