私の自論

錯視現象

投稿日:

昨日の夜の出来事。

昨日は私用があり、帰りが遅くなって夜道を一人で歩いていました。

早く帰りたかったのでショートカットするために、大通りではなく、住宅街の路地に入って行きました。一応街灯はありましたが、全体的には暗い道でした。

そしてふと前方を見ると、誰かが歩いているのが見えました。暗かったし、遠目だったので全体像が良く見えず、黒い人影がぼんやりしているような感じでしたが、なんとなくその人は男性だと感じました。

構わず歩いていると、なんだかその人がこちらに近づいてくるように見えました。女性の方は分かると思いますが、夜に細い路地を一人で歩いている時に前方から男性が近づいてくる時ってちょっと警戒心が生じますよね?

私もその時、ドキドキしながら前方から近づいてくる黒い人影を見て歩いていました。

そうするうちに、前方の男性が、街灯が明るく照らされる所に来て、全体像がよく見えるようになりました。

ハッキリ見えるようになって分かってみたら、なんと、その男性は私と同じ方向に歩いていたのです!つまり、私に近づいてきているわけじゃなかった、という事です。

その男性はスマホを見ながらゆっくり歩いていたのに対し、私は早く帰りたくて速足で歩いていたので、その男性より歩く速度が速くて、結果的に男性が近づいてくるように見えたようです。

完全な錯視現象でした。

まぁ、何事もなく一件落着!ということで良かったですが、このことを通して、暗闇と光の下での見え方の違いをはっきり感じました。

暗闇だとよく見えないからわからない→分からないからいろいろ憶測する→そのうち勝手に誤解し始める。でも、光の下でよく見てみたら憶測は全然違っていた、ということ。

聖書では真理を光に、非真理を暗闇にたとえられます。一般的にもある分野についてよく知っていることを「〇〇に明るい」、知らなければ「〇〇に暗い」という言い方をしますよね。

現実的に考えても、知らない時はあれこれ憶測して一人で勝手にやきもきしていたのに、分かってみたら何でもなかったという事はよくあります。

今回は、私がドキドキしていた時間は恐らく1分くらいだったと思いますが、この時間が長引けば長引くほど憶測はどんどん広がってしまいます。

暗闇の中で見るものはどんなにじっと見ても正確なことは分かりません。何事も光のもとで見てみないといけませんね。

-私の自論
-

執筆者:


コメントを残す

関連記事

no image

求めることは自ら行うこと

『求めよ、そうすれば与えられるであろう。』 これは福音書の有名な聖句です。(マタイ7:7) この有名な言葉の後、求めたら神様はくださるという事についてイエス様が分かりやすく話してくださっています。 た …

no image

性格と能力

昨日のブログ記事を書いた後、性格と能力の関係について、あることを思い出しました。 私は以前、水泳のコーチをしていたことがあり、特に子供のクラスを中心に水泳を教えていました。 私が経験した一番小さい子の …

no image

出会い・再会

今回の壮年部ツアーでは、以前牧会していた時に一緒に走ったメンバーに数年ぶりに会ったり、広報部で出している動画『スクープ!小さな奇跡』に記事を投稿してくださった壮年部の方とお会いしたりなど、個人的に感動 …

no image

悪が悪にはまる⁈

私は政治家じゃないし、政治について何か論じるつもりはないんですが、最近の野党の言動を見て、ふと思ったことがあるので書いてみようと思います。 今はインターネットで国会審議などがそのまま流されてしまうので …

no image

やはり動物は動物

昨日のニュースで、軽トラックと乗用車の事故により、軽トラックの荷台から土佐犬3匹が逃げ出し、警察が犬の行方を捜しているというのを見ました。が、今朝見たら3匹とも無事に捕獲されたということでした。何事も …

メールアドレスを記入して購読すれば、更新をメールで受信できます。

%d人のブロガーが「いいね」をつけました。