私の自論

自ら積極的に!

投稿日:

私は今まで聖書の講義をたくさんしてきたのですが、なんとなく私の中では違和感のある習慣があります。

それは、講義の後「どうでしたか?」と私に聞いてくること。みんなが講義をした私の反応や見解を聞きたがるんです。

私としてはむしろ、聞いた側がどうだったかを知りたいのですが。。

特に、自分が伝道したい人を連れてきて講義を一緒に聞いた時、その人がどうだったかを講師や指導者に聞くんですよね。

それで、講師や指導者の見解を聞いてどうするか決めるわけです。これは私から見るとかなり非合理的。

そうじゃなくて、連れてきた人がどういう反応をしていたのか、自分がリサーチして講師に教えてくれることの方が大事じゃないかと思うんです。

基本的に、伝道は伝道者が主導権を握って導くのが一番いいのです。なぜかというと、一番身近に接していて誰よりもその人について知っているからです。

なのに、講師や牧師の反応でどうするかを決めるのはちょっとどうかなと思います。

だからと言って全て自分でやりなさいということではありません。自分がいろいろリサーチしてどういう導き方をしたらよいのかを相談したりお願いしたりすることは良いことです。でも、講師や牧師の顔色をうかがって言われたとおりにだけするのは違う、という意味です。

次の講義をどうするかもちゃんと作戦を練った方が良いです。

講師も、自分の見解を言う前に、自分の講義によって相手がどういう反応をしたのかを詳細に聞いて自分の講義を分析しないといけません。

聖書の講義というのは、自分なりにうまく講義しただけでは意味がないのです。相手の救いにつながっているのかどうか、相手が聖霊の感動を受けているのかどうかが一番大事です。

講義案通りにすれば良いのではなく、ただ正確であればよいのではありません。勿論間違ったことを教えてはいけませんが、細かい事を気にするよりは、相手に霊的な変化をもたらす講義になっているのかをよく研究しないといけません。

まずは、どういう言い方や表現の仕方が相手に良く受け入れられるのか、ということからですかね。霊的な言葉は慣れてない人には難しく感じるからです。

分かりやすい講義というのは講師の中では基本です。

あれこれまたウンチクを垂れてしまいましたが、伝道も講義も方法を固定するのではなく、自分でいろんなやり方をトライしていってほしいなと思います。

講義は実際に講義しないと磨かれません。練習ばかりはダメです。メンバーに講義をしてもそれは練習でしかありません。何も知らない人に講義して初めて講義をしたと言えます。

神様も、救いの仕事に対して積極的な人を助け、応援してくださいます。しり込みしないで積極的にトライしてみてくださいね。

-私の自論
-

執筆者:


コメントを残す

関連記事

牧会者だった時の野心⁈

今日は、趣向を変えてbreak time的なお話をしようと思います。 表題の通りなんですけど、私が牧会していてある程度教会が大きくなった時、私の中にちょっとした野心が生まれました。 ここで一応前置きし …

伝道の研究②

昨日の宣告通り、今日は伝道研究第二弾をお伝えします! ただ、もしかしたらこれは今の時代にはあまり必要ないのかも。。という内容かもしれません。。 新しく来た人を少人数で迎える時とか、開拓教会なんかには利 …

no image

友達はほどほどで良い⁈

ある心理系の本を読んでいたら、「最高の友を探してはいけない」という事が書かれていました。 一瞬「え??」となりますよね? 「なんでも話せて、自分のことも理解してくれる気の合う親友」というのは誰もが求め …

no image

切実な想い

私の好きな(というよりは切実に感じる)箴言を紹介します。 古い箴言なのでご存知の方も多いかもしれませんが。 『御言葉を裂いて粉にし、涙で練って、聖霊の火で焼いて、愛をもって食べさせなさい。』 今は牧会 …

no image

40回!

今日、ラジオ番組「サクセスストーリー~成功の秘密~」の記念すべき第40回目を録音し、先ほどアップしました! 2月から始めて、週一回ペースで40回、つまり40週続けてアップしてこれたんだな、と思うととて …

メールアドレスを記入して購読すれば、更新をメールで受信できます。

%d人のブロガーが「いいね」をつけました。