私の自論

聖書の力

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ふと、私がこの神様の歴史を悟って先生と共に必死に走ってきて(自分では必死に走ってきたつもり)、それによる一番の恩恵って何だろう??って考えてみました。

いろんな細かい祝福もあるんですが、私としては、何よりも聖書が実体験として感じられるようになったことかな、と思っています。

今は、聖書がただの本ではなく、経典という狭いものでもなく、全てが現実のことであり、今もその通りのことが起こっている、ということを疑いもなく確信しています。

だからこそ、今宣布される御言葉の一言一言が現実のものとして受け入れられるし、実感がわくんです。

もし、適当に周辺を走っていたらこのようには感じなかったと思います。

中心地で熱心に走ると、良いことも悪いことも強烈です。だから辛くなってしまう人もいるのだと思います。

でも、そういう時こそ、聖書を見ると、該当する箇所が必ずあり、聖書の登場人物や、聖書に出てくるその状況が実体験として理解でき、聖書の人物に感情移入したり、心が楽になったり、問題が解決したりできるのです。

聖書はやっぱりただの本ではない、神様の書です!

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