私の自論

現代社会は炎上社会⁈

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最近、世の中全体が、様々なマイノリティーの方々の権利主張とか、ちょっとある種の人たちの感情に抵触するような発言をしようものなら途端に炎上騒ぎになったりとかいう傾向がありますよね。

そういう現象について、理解はできますが、正直違和感もあるんです。(一部の方からお叱りを受けそうですが。。。)

例えば、私は牧師なんですが、キリスト教人口が1%の日本では立派なマイノリティーです。欧米では牧師というと立派な職業に見られるらしいんですが、日本だと正直「牧師?何それ?」って感じですよね(笑)。場合によっては「危ない人?」と思われたりもします。

日本はキリスト教国ではないので日曜日に教会に行くという習慣はほとんどの人にありません。だから、日曜日に出勤したり、なにか法事などの行事が日曜日に入るとクリスチャンは戸惑いますし、ましてや牧師なら親戚行事も参加が難しい場合があります。

日本国憲法で信教の自由が認められていても、日本ではキリスト教徒を露骨に嫌がる個人や会社・団体があるというのも事実です。

私自身、信仰があるということで偏見の目で見られたことは一度や二度じゃないです。憲法で信教の自由が保障されていてもそうなのです。

だからといって「日本にだってキリスト教徒がいるのだから、キリスト教徒に合わせて日曜日の会社営業はなくすべき」とか「日本社会全体がもっとキリスト教徒の事も考えるべき」とか言ったら、恐らく完全に批判の対象になりますよね?

だから最近のマイノリティーの権利主張現象はちょっと違和感があるんです。マジョリティーに対して「わかってくれない」「理解が足りない」と批判・要求ばかりしては余計に反発心を煽ることになるんじゃないのかな?と。

違う立場の相手は自分の立場は理解できないんです。それを理解しないと。クリスチャンじゃない人に対してクリスチャンの気持ちを理解しろ、と言ったって無理でしょ?

つまり、ごり押しで何でも「理解しろ」というのは無理な話だという事です。人間は神様じゃないから。

だから、最近は何か正直に発言すると、それとは反対の立場の人たちがいちいち騒ぎ立てて、発言者に思いやりのない人というレッテルを貼ったり、場合によっては悪人呼ばわりしたりなど、いちいち大変で何だか生き辛い世の中だな~と感じます。

ちなみに、日本では言論の自由も許されているんですよね。勿論、誹謗中傷はいけませんが、人の悪意のない自由な発言に対して言葉尻や一つ一つの単語に敏感になりすぎるのもどうかなと思うんです。

実際、何か言ったらいちいち大騒ぎされると思うと、思ったことが言えませんよね。それこそ、建前ばかりの人間関係になってしまいます。

国会答弁を見ても揚げ足取りばかりに見えますしね。

もっと全体がおおらかに考えてもいいんじゃないのかな?と思うんです。

権利を主張するのは良くない、という意味じゃなくて、あまりに敏感になりすぎて全体がとげとげしくなるのはどうかなという事なんです。

相手は自分の立場や自分の痛みは分からない。恐らく自分も相手を理解できていない。だから自分は相手を理解しようと努力する。でも実際は自分も相手も本当に理解できるのは神様だけ。これで十分では?

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