私の自論

根本的な祝福

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先月、父に会いに行った日がありました。

私の父はいわゆる認知症で、現在福島県のグループホームで暮らしています。幸い、私の名前と顔は覚えていて、行けば喜んでくれるのですが、なにせ会話が成り立たない。(苦笑)

もう、父の頭の中はほぼファンタジーの世界になっていて、言ってる内容が理解不能なことが多く、こちらとしては苦笑いしながら「ふ~ん。。」と相槌を打つくらいしかできません。

時間の感覚に関しては特に狂っていて、今日が何月何日なのか、今自分が何歳なのか、などについては滅茶苦茶です。

その父が「俺ももう今年で72歳になるんだ!」と言うので、私が「お父さん、違うよ。今80歳で今年は81歳になるんだよ。」と言ったら「え?80??イヤだな~~~。」と、ものすごくイヤそうに言うんです。

そこで私がおだてるつもりで「お父さん元気そうだから90歳までいくんじゃない?」と言ったら、急にキッパリと「いや、90はいかない!」と言い切るんです。何だか決意表明でもしているみたいに。

すかさず私が「なんでそんなことわかるの?」と聞くと、しばらく沈黙した後、「お父さんはいつまで生きるかわかってるんだ。」と、ちょっと神妙に、でも強い口調で言ったんです。

そこから話はいつものように脱線してその話題は終わってしまいましたが、その時なんとなく、父はボケながらも自分の状況をうすうす認識しているのかな?と言う感じがしました。

父の様子から、なんとなくこの会話の要点は「90歳までは生きていたくない」という事だという気がしたんです。父はすでに生きる気力をなくしているように感じてしまったんです。

そういう父を見ながら、悲しいというか…寂しいというか…なんだか複雑な気持ちになりました。そして「長生きしたい!」と思うこと自体が幸せな事なんだなと思いました。

実際、たとえ周囲にあれこれ言われようと、若作りして張り切っている方が幸せなのだと思います。

私たちは何か特別に良いことがあった時ばかり「神様から祝福を受けた!」と思いがちですが(もちろんそれも祝福ですが)、本当は、状況的に楽じゃなくても、なにかスムーズにいかないことがあっても、自分自身が何とかしようとして、生きようとしていること自体が神様の祝福なのだと思います。

この祝福を忘れてはいけませんね。

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