独り言

艱難と感じるとき

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今朝、艱難とはどういうことなのかな?という事について何となく考えを巡らせていました。

そもそも「艱難」という言葉自体が否定的なイメージですよね?

大変、困難、ストレス、苦労・・・等々。

少なくとも「艱難」と聞いて、とてもハッピーにな気分になる、という人はほぼいないと思うのです。

でも、一方では、同じ体験をしても、そこまで大変がらない人もいます。

だから「艱難」は人それぞれで考え方や精神力次第なのかな?とも思いましたが、それだけで片付けられる問題じゃないような気もしました。

自分自身を振り返ってみると、過去には『艱難』と感じたけれど、今となってはそこまでとは思わないものもあるのです。

だからと言って過去より今の方が精神力が強いとも思えません。

むしろ、若いころの方が精神力自体は満ちていたような気がします。

じゃぁ、何の違いなのかな?と考えてみたら。。。

体験の違いかも、と思いました。

ある問題に直面した時、その手の問題を過去に解決した経験があるならば、「面倒だな」と思うかもしれないけれど、艱難とまでは思いません。

何度も起こると「またか」で終わります。

でも、初体験だった場合、ものすごく大変なことのように感じてしまうのではないかと思うのです。

一生の間、全てが自分の想定通りに進めばよいけれど、世の中を生きていればそういうわけにもいきません。

生きていればいろいろ起こります。

多分、何もせずボーっとしている時に何かが起こったら、自分の責任分担が足りなかったと思うだけだと思うのですが、頑張ってる時に起こると「どうして??」「ひどい!」という感情が沸き起こって余計に理不尽さを感じてしまうのではないかと思うのです。

きっと、祈って自分なりに考えて頑張っていたのに、自分の想定外の問題や想定以上の問題が起こってくじかれた時、人は「艱難」と感じるんじゃないのかな。

でも一度体験すると、あらかじめ「想定」するようになり、もはや「想定外」ではなくなります。

だからある程度の心構えもできるようになります。

私自身、今の方が、あることに関してそこまで大変じゃないと感じるのは、精神力が強くなったからじゃなくて体験をしたからなんだなと思いました。

最近の風潮では「苦労」「努力」などの言葉が毛嫌いされていますけど、やっぱり若いころの苦労は、ある程度はしておく方が良いのかもしれませんね。

それを通して社会的には生存能力が増すだろうし、霊的には悟りが増えますから。

ダビデもこう言ってます。

『苦しみに遭ったことは、私に良いことです。これによって私はあなたのおきてを学ぶことができました。』(詩篇119:71)

神様の道を行くと、人知をはるかに超えたことが度々起こります。

それを体験して乗り越えるたびに、悟りも増え、人生に余裕がでてくるのだなと改めて思いました。

そう考えると、やっぱり祝福ですね。

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