独り言

何に幸せを感じる?

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使命の関係でTwitterをやってますが、実は他の人のツイートをあまり見たことがありませんでした。

でも、今朝なんとなくいろんな人のツイートを見るようになり、人それぞれいろんな言葉、いろんな考えがあって面白いな~と思いましたが、その中で私が「え??」と思った言葉がありました。

それは、「私は何が幸せかわからない幸せ迷子でしたが今はなんとなくこうかな?と思ってます。・・・」というツイート。

幸せ迷子か。。。そんな言葉初めて聞いたけど、なんとなくの雰囲気から、幸せを何か自分だけの特別感やお得感で感じようとしているのかな?と思いました。

もうすでにアラフィフの私からすると、朝起きて元気に「今日も一日頑張ろう!!」と思えること自体が幸せなんですけどね。

一時期体調を崩していた頃、朝起きた時から激しい頭痛とめまいがするという日もありました。そんな日は「頑張ろう」という言葉なんて思い浮かびません。とにかくこの苦痛が早く過ぎ去るようにという事しか考えられませんでした。頑張る以前に何かをしようということ自体が考えられないのです。

私がこのように体調を崩すようになった根本的な原因は自分ではわかっています。周囲は「過酷な状況で頑張ったからよ!」とかいろいろ言ってくれるのですが、確かに過酷だったけど、確かに頑張ったけど、でもハッキリ言って性格の問題です。

元々若い時からものすごく負けず嫌いだったんですね。「負ける」という事に対して異様に屈辱感を感じていたのです。だから自分に対して「負ける」という言葉が当てはまることがないように、絶対に勝つように頑張ってきました。

牧会していた時、命を救いたいという思いはありました。それは本心でしたよ。だけど、どの教会にも負けたくない、という思いもありました。

それで功績残せたのも事実ですが、自分の状態が悪くなる事よりも負けることの方が嫌だったんです。それが問題でした。

今思えば、40代以降は徐々に体調を崩していて、ある程度の自覚はあったのです。でも「体調を崩して休む」という事も私にとっては「負ける」ことの一つだったので絶対に言いたくない言葉でした。

また、任された任務を最後までできないことも「負ける」ことだと思っていたし、期待された成果を上げられないことも「負ける」ことだと思ってました。

まぁ、つまり、自分の中であれこれ「負ける」という事に対する定義付けをしていて、それで自分を縛っていたわけです。

結局強制的にやめさせられたわけですが、その後もしばらくは「敗北感」から抜け出せませんでした。

今はだいぶ落ち着いてますよ。もう限界が来て、自分の人生に対して「勝ち負け」という概念を持ち込むのをやめたのです。

そうしたら、いろいろ開き直っちゃって、もう周囲から信仰が悪いと思われようが、牧師のくせにと言われようが、自分がニコニコしながら生きられることの方が大事!と思うようになりました。(笑)

一時期は本当に笑えなかったですから。

今は、元気でいられること、何かしたいと思えること、笑えること・・・こういうこと一つ一つが幸せだと感じます。

神様の導きは人知では計り知れないですね💛

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