独り言

耐えられない祝福

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今週、ミカとクララシリーズで「マタイによる福音書解説」の27章をアップしましたが、改めて27章の内容を吟味しながら感じたことがありました。

それは、どちらかというと信仰的なことというよりは、精神的・心理的なことなんですが。。

マタイ27章というのは、福音書の中でも最も重要な受難のシーンです。

その中で、イエス様が十字架に掛けられたとき、多くの見物人が来て嘲弄した、とあります。

そのことに私は改めて驚愕してしまいました。

何度も読んだところではあるのですが、何となく今回妙にゾッとしてしまったんです。

十字架刑って現実的にはかなり残酷な刑です。

動画でも説明しましたけど、当時は奴隷にしか与えられない刑で、ローマ市民権を持つ人は絶対にこの刑には服さないことになっていました。

考えてみてください!

生きた人間に直接くぎを打って張り付けにして、死ぬまでさらしておくんですよ!

とんでもなく野蛮な刑じゃないですか?

それをわざわざ野次馬たちが見に来て面白おかしく罵っているんです。

皆さん、そんな場面を面白おかしく見物できますか?

恐らく、現代人だったらクリスチャンじゃなくても耐えられないんじゃないでしょうか?

それこそ、そんな場面を見てしまったらPTSDを発症してもおかしくないと思うんですよ。

考えてみたら、フランス革命の時のギロチンも、公衆の面前で大々的に行われて見物人が集まっていたんですよね?

ホント、現代ではありえない状況です。

現代人は野蛮なことや残虐なことに対する耐性が弱くなってると思われます。

それだけ、敏感に感じやすくなっているともいえるかもしれません。

でもこれは人間の精神が進化してきた結果ですよね?

だからこれも神様の祝福だなと思いました。

残虐性には耐えられないという祝福。

もし、野蛮なことや残虐なことを見ても耐えられるどころかむしろ面白おかしく思えるなら、それは逆に呪いといえるんじゃないでしょうか?

野蛮や残虐はサタンの専売特許です。

それを面白がるというのはサタンとぴったり波長が合っているという事になってしまいます。

でも、実際は現代において残虐なサタンとぴったり波長が合うような人は少数派なんじゃないかと思うのです。

そう考えると、神様は全体的に長い時間をかけて少しずつ人間の心を神様の心に近付けてるんじゃないのかなと思いました。

逆に、今の時代でも残虐なことを平然とできる人は精神が遅れた人なんじゃないのかな?

サタンに主管されると遅れた人になるということですね。

今現在、(少なくとも日本においては)野蛮な公開処刑が無くなっていることに感謝ですし、野蛮なことや残虐なことに耐えられないことにも感謝ですし、自分が今の時代に生きるようになった事にも感謝だなと思いました💛

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