独り言

深く信じ続ける心

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信仰って、文字通り「信じること」なんですが、それって頑張ってすることじゃないですよね?

信じることって、意識せずに「そうだな」と納得しているうちにいつの間にか信じているという事が多いのではないかと思うのです。

少なくとも誰かに強制されてできるものじゃありません。

頑張って「信じよう!信じよう!」と自分に言い聞かせて無理やり信じたことにしても、そういう場合はちょっと何か気になることがあればたちまち不信感が芽生えてくると思います。

だから、信仰心も聖霊の感動によって起こるものなんじゃないのかなと思います。

さらに言うと、その聖霊の感動を受け入れる心の器がない人は信仰が入らないような気がします。

たまに、絶対信じない人っていませんか?

私は長年牧会したり講師したりしていたのでいろんな人を目の当たりにしてきたんですが、誰がどう見ても神様がその人に働いているのに、なぜか本人だけは絶対に信じないという人がいるんです。

信じない教の信者かな?(^^;

そういう人を見ると、まるで思春期になった子がやたらと大人に反抗するみたいな姿と重なっちゃうんですよね。。

その年ごろで一瞬グレてしまう子の中には、常に大人に反発して、自己主張をしながら突っぱねることがカッコいいと勘違いしている子もいるじゃですか?

それと同じ匂いを感じるんです。

人の言いなりにはならない。人の言う事はとりあえず疑う。

目に見えないことは信じない。信じるのは馬鹿。

こういうことが賢い大人だと思い込んでいるから、自分の身にどんなしるしが起こっても受け入れないのだと思います。

そして、そういう人は大抵、「科学的根拠」が大好きです。

ところで、私は最近「元マルチ商法の実績者」という人が人をひっかける方法の裏話をしている動画を見たんですが、その中の決め手の一つが「科学的根拠」という言葉。

この言葉を出すと大抵の人は騙されてくれるんだそうです。(^^;

特に、自分は騙されないぞ!と身構えている人ほど「科学的根拠」という言葉に弱いそうです。

やっぱり科学的根拠ばかりを妄信する人がサタンの餌食になるみたいですね。

やっぱり一番大事なのはダイレクトに自分の心に感じるものなんじゃないかな。

そういうのって科学的根拠は示せないけれど、自分自身が肌で感じることじゃないですか。

これがまさしく聖霊の感動だと思います。

その感動をちゃんと心に受け入れられるかどうか。

ただ、心・精神が反抗期を突破して大人にならないと聖霊の感動を素直に受け入れるのは難しいように思います。

いろんな雑念や欲求が邪魔して。

聖霊の感動より自分の考えや欲求の心が勝ってしまう人はたとえ一瞬信じても信じ続けるのが難しいと思います。

自分教の信者も難しいです。

自分を信じることが賢いことだと思ってるから。

だから見えない神様を深く信じ続ける心って、ある意味成熟した大人の心なんじゃないのかな?と思いました。

昔の人は信仰のために修行したりしましたが、何となくわかる気もします。

今はそういう時代じゃないですけど、現代においても、自分の心を磨くという事は信仰を深める上で大切な要素なんじゃないのかな?と改めて思いました。

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