独り言

信仰生活が疲れてしまう原因

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表題の通り、信仰生活で疲れてしまうことについて、原因を考えてみました。

ここで言う「疲れ」は忙しくて疲れることじゃなくて、精神的に疲れて嫌になってしまう事。

細かい原因は人それぞれだし、全ての状況を私自身が把握しているわけじゃないから、今から伝えることはあくまでも今まで私自身や私の周辺で見聞きしたことを参考に考えたことだと思ってください。

私が考えるに、根本的な原因は、建前で信仰生活するからじゃないのかなと。

多分、全てはここから始まってるような気がするんです。

ちょっとオーバーな言い方をすると、人前で優秀な信仰者を演じてしまっているのでは?と。

根本は神様と自分、と分かっているはずではあるけれど、そういう感覚に慣れてないからか、現実的には目の前の指導者や伝道者とのやりとりがあるからか、何となくそう感じることが多々あります。

頑張って優秀な信仰者を演じていると、どうしても自分とのギャップがあるから必要以上に気を使うことになります。

人に躓かれないように、指導者から悪い評価を受けないように、など「人の目」に意識が行くから神経がすり減ります。

そしてなぜだかそういう人に限って「信仰深い」評価を自分自身に下すのです。

「○○ができてない自分はふさわしくない」「自分は△△の資格がない」など。

これって、誰が決めたんですか?

神様があなたにそうおっしゃったのですか?

少なくとも私は「神様に直接そう言われました」という人を一度も見たことがありません。

ほぼ自分の考えなんですよ。

もっと言うと、自分自らにそういう評価を下す人は、他者に対しても手厳しいです。

実際に訴える人と、口には出さないけれど心で評価を下す人とがいますけどね。

きっと常日頃自分のできないことばかりを気にしているから人にも同じチェックが入るのでしょう。

自分自身は本来の自分を薄々分かってますから、本来の自分より低い人を探してしまうのかもしれませんね。

そうなると必然的に性格は閉鎖的になって行きます。

そして、心が疲弊していく。。

だって、楽しくないじゃないですか。そういう生き方していたら。

神様が何を求めているのかを根本的に考え直す必要があると思います。

神様は愛の対象を求めているのです。

優秀な信仰者を演じる俳優を求めてるのではありません。

誰だって、自分を分かってくれる人を好きになるでしょう?

神様もそうなんですよ。

ああすべき、こうすべきでがんじがらめになっている強張った人より、神様の心を分かってくれる人が好きなんです。

神様の心なんてわからないよ、と言う声が聞こえてきそうですけど。(笑)

一番は、神様が「あなたを愛している」という心。

これを分かることが最優先です。

何かが素晴らしくできることよりこちらが大事。

誰だって愛している人にはいつも元気で笑顔でいてほしいものじゃないですか?

神様も同じです。

いつもあなたが神様の元で元気溌剌としているときに神様が恵みを受けるのです。

今ちょっと疲れたなと思う人は一度振り返ってみてくださいね。

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