日々の気付き

キャッシュレス

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このコロナ期間に私が生活の中で変化したことの一つに、現金派からキャッシュレス派になった、というのがあります。

元々は完全なる現金派でした。

キャッシュレスにする意義がよく分からなかったんですね。

長年現金でやってきて特に不自由を感じたことはなかったし、何よりも「見える」「手に取れる」というのが安心だと思ってました。

実は私、もう30年以上毎日自分のお金を帳簿につけているんです。これは牧会していた時も必ず個人的にやっていた事でした。

寝る前の儀式のようになってましたよ。毎晩必ず財布からレシートを出して帳簿につけて、計算と現金の金額が合わなければ何度も計算し直したり、一日の動きを思い返しながらレシートをもらってない出費はないか考えたり。

自動販売機とか、銭湯とか、レシートが出ない出費ってありますからね。

眠くてお金の確認をせずにいつのまにか寝てしまった日もありましたが、そういう時は翌日の朝にやってました。

これはもう習慣で、やらないと気持ち悪いという域になっていたのです。

だから、キャッシュレスになると自分のお金を手元で確認できなくなるというのが嫌だったし、日本は自然災害の国だからキャッシュレス化してしまうと停電になった場合困る、などと考えていました。

ところが、ある時ふと、ホリエモンが現金について書いていた記事が目に入り、何気なく読んでみたんですね。

そこに、「現金は非常にコストがかかる」というような内容が書かれていたのです。

実はATMというのは凄くコストがかかってると。ATMの機会を動かすことにもメンテナンスにもコストがかかっているし、現金って重いから、それを運ぶための労力とコストもかかっているのだと。

また、ATMの問題だけじゃなくて、キャッシュレス化すれば毎日のレジの計算に苦労することもなくなって早く帰れる人も増える、というような内容でした。

それを読んだとき、それはそうかもな。。と思いました。

というのも、その昔、売店でのアルバイトしてた時があって、閉店までのシフトの時は必ずレジの締めまでやっていたのです。(当時のレジは全て手動でした。)

現金を数えて、レシートの数字と合わないと数え直したり、何度数えても合わなかったらいくら合ってないかを報告しないといけなかったりで結構プレッシャーだったことを思い出しました。

さらに、その記事を読んだ翌日、その記事の内容を裏付ける様な出来事が起こったのです。

郵便局のATMに行ったとき、なかなかATMから離れないちょっと年配の方がいました。結構時間がかかっていて、列に並んだ人がちょっとイライラ気味。

ATMは二つしかなく、一つはそうやってほぼ占領状態だったので、もう一つのATMで人が入れ替わる感じになってました。

そうしてようやくその人が終わった時、ちょうど私の順番だったので、その人の使った直後に私がそのATMに行くと、「調整中」という表示が出ていて使えないのです。

しばらく待てば使えるかと思ってATMの前に立っていましたがATMからジャラジャラと音が鳴り続いていて一向に使用できるようになりません。

故障したんじゃないかと思って郵便局の人を呼ぶと、郵便局員曰く「小銭を一度にたくさん扱うとこうなっちゃうんですよ。機械が小銭の処理に時間がかかっているようなので、故障ではありません。この処理が終わるまではこちらでもどうしようもないので待つしかありません。多分しばらくかかると思いますから隣のATMをお使いください。」と言われてしまいました。

隣のATMにはもう人がどんどん入れ替わっていて今更割り込めないのでもう一度並び直すしかありませんでした。

やれやれ。。。

その時、ホリエモンの記事を思い出し、「これは一種の啓示かもしれないな。。」と思いました。

確かにキャッシュレス化すれば自分の時間もこんなに奪われないで済むだろうし、全体的にコスト削減できれば、もっと有益なところにお金を回せて社会全体が良くなるのかもしれない、と思い始めました。

それまでは、自分自身が現金を使うかキャッシュレスかという観点でしか見てなかったので、別にわざわざキャッシュレスにしなくても。。。という感じでしたが、世の中全体の無駄が減るのだったらやるべきだな、と思ったのです。

この日以来、私もキャッシュレス化に努めるようになりました。

実際やり始めたら、こちらの方が手軽で便利だし、お金の管理の仕方もキャッシュレスに合う方法にすれば問題ありませんでした。

財布もコンパクトになって荷物が減りましたし、良いことの方が多いですね。(^^)

まだ現金しか取り扱わない所もあるから現金を一切持たないというわけにはいきませんが、凄く身軽になったのは確かです。

このことを通して、自分の中にはまだまだ保守的で変化を望まない性質が潜んでいるということと、全体的な視点が足りてなかったということを思い知らされました。

全体的な大きな流れに逆らったところで何の益もありません。それどころか、労力が無駄になる可能性だってあります。

社会全体、さらに天の大きな御心の方向性というのを常に意識しつつ、その中で自分がどうすべきなのかを考えなければいけませんね。

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