聖書

個人の転換期

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今週は転換期についての説教でしたね!

昨日の説教を聞きながら、個人的には「終末論」を聞いてる気分になりました。

皆さん終末論で学んだ通り、終末=転換期です。言い換えると、古いものが終わる時であり、同時に新しいものが始まる時です。

この時、古いものが完全に終わり切ってから新しいものがスタートするのではなく、古いものが終わりつつある時(まだ終わってない時)に新しいものがスタートし始めます。

だから新旧が重なっている時があるわけです。これが終末期であり転換期です。

新旧どっちも顔を出すから頭が混乱します。終末期がバタバタするのはこのためです。

終末は季節の変わり目と似ていて、ある日を境に急に冬が終わって突然気温が上がるとかそういうことはなく、暑くなったり寒くなったりを繰り返して徐々に季節が移行します。

この季節の変わり目は日々気温が不安定なため、着る服も迷うし、体調管理が難しく風邪をひきやすいですが、真夏になれば暑いと決まってるし、真冬になれば寒いと決まっていて逆に管理は楽です。

終末=転換期もこれと同じです。完全に転換してしまった後は迷うこともありません。でも、新旧が入り混じっている時期は考えや心が混乱してしまいがちです。

難しいのは、季節の変わり目は誰もが「今季節の変わり目だ」と分かるので気を付けようと思いますが、個人個人の転換期はよくわからない事です。

神様が個人個人に「今日からあなたは転換期に入ります。」とか言ってくれれば「そうか、今日から転換期だから気を付けよう!」と意識できますが、そういうことはなく、いつの間にか、なんだか状況が不穏に感じるようになったり考えがゴチャゴチャしてきたりするのです。

そうなると「自分はおかしいのかな?」「ここにいるのが間違ってるのかな?」などと迷いだします。

基本的に、このような時は前に進む方向にいかないと転換できません。後戻りする転換はないからです。だから無理矢理に、何とか今まで通りに現状維持しようとしないことです。

でも実際は、「おかしいな?なんで今まで通りに行かないのだろう?」と思ってどうやったら今まで通りにできるのかという考えに陥りがちです。そうして今まで通りに行かないと分かると「もう自分は必要ないのかも」と思い始めてしまったりします。

これが失望感につながり、躓くということにもなります。

だから躓きは、外部から来る躓きと、自分の中から来る躓きとがあるのです。自分の中から来る躓きは、神様の御心を理解できない事から起こる躓きです。

これは頑張っている人ほど起こりやすいです。悪評などの外部の横やりには全く揺れずに頑張り続けているのに不穏な感じになるから余計躓くのです。

最後までいって全てを知るようになると「あぁ、こういうことだったのか」と分かって感謝します。でもそこに至るまではもがきの期間なのです。

今週の説教に対する聖書の本文は、愛の章として有名なコリント第一の手紙13章です。「その時は顔と顔とを合わせて見るだろう」とあります。それまではおぼろげだけど時が来たらハッキリわかる、と。

そして最後に「いつまでも存続するのは信仰・希望・愛であり、その中でも最も大いなるものは愛だ」ということで締めくくられています。

結局はここだと思います。転換期に入った時、神様に対する信仰、歴史に対する希望、主への愛を持ち続けられるならうまく転換できると思います。

ヨセフは艱難にあった時、信仰心も希望も愛も捨てずに頑張ったところ、結局エジプトの司になったわけです。神様はきっと自分を良いようにしてくれるだろう、と思い続けて頑張ったのです。

凡人ならエジプトに売られた時点で「神様を信じてたのにどうしてこんな目に遭わなきゃいけないの?」と言って人生を惨めに思いながら恨み節で残りの生きる可能性が大でしょう。

幸い、今回は全体が転換期だと宣布してくださいました。ありがたいですね。

でも、一人一人の転換期のスタートは一緒ではありません。だから自分で悟らないといけません。

転換は祝福です!この祝福を享受するために、分かって、神様を誤解しないで、愛を持ってうまく転換していきたいですね。

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執筆者:


  1. 373 より:

    転換期には今までにないほど、失敗が増え、なあなあが浮き彫りに、、
    かなりしょげてましたが、自分を作り変える貴重な時ですね!!

    責める相手を恨みそうにもなりましたが、気持ちが転換できました!

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