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あれで良かった

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末期癌の終末期の痛みと緩和ケアに関する記事を見ました。

その記事を読みながら、やはり癌の終末期は痛かったり苦しかったりするのだな、と改めて認識しました。

私の母も癌で他界しましたが、母の場合、最期は意識不明状態だったので、いわゆる緩和ケアなどはありませんでした。

母と最後に話したのは意識不明になる3日前で、電話で2,3分帰省の予定について軽~く話しただけ。その時はそれが最後の会話になるなんて思ってませんでした。癌ではあったけど入院していたわけではなく、その時も母の方から私に電話してきていたので。

その後意識不明になり、意識が戻ることなく44日後に亡くなりました。

その44日間は、一瞬でもいいから母の意識が戻ってほしい!と思ってました。私にとってはあまりにも突然だったので、せめて最後に一言くらい話したかったし、話せなくても顔を見てもらうだけでもしたかったなと。

でも、記事を読んだら、母にとっては意識不明になっていて良かったのかもしれない、と思いました。

意識が戻ってほしい、というのはあくまでも私の立場であって、母があの時意識がはっきりしていたのなら本当に痛くて苦しかったのかもしれないなと。

そして母が苦しむ姿を見なかったのは私にとっても良かったのかもしれないと思いました。もし苦しんで終わっていたら、その後その姿が私の頭から離れなかったかもしれないから。

私は子供のころから衝撃的な場面を見るとしばらくは精神状態がおかしくなるタイプだったんです。だから、神様が私の性質なども考えて、一番良いように母の死と向き合うようにしてくださったのかな?と思いました。

44日間意識不明だったのでそれなりの覚悟もできましたし。

息を引き取る正にその瞬間、現場にいたのですが、よくドラマなどにあるように、心電図がだんだん下降していき呼吸数が減っていき最後は完全に0で直線になって本当に眠るようにス~っと穏やかに息を引き取りました。

だからやっぱりあの時はあれで良かったんだなと。

その時は「どうしてああしてくれなかったのだろう?」と思うことも、後になって考えてみれば、「やっぱりあれでよかったんだ」と思うことがいろいろあります。

その時は理解できなくても後では神様に感謝することが少なくありません。

「後では理解できるようになる」ということも、求めたことをもらうことなんじゃないかな?と思います。

今足りないものを求めてもらうのは勿論ですが、過去に理解できなかったことを求めることも良いかもしれませんね。

ただ、どちらにしろ神様は私たちを良いように導いてくださっていることは疑いの余地がありません。

理解できても出来なくても、今自分がここにいて生きているということ自体祝福を受けている事だということを忘れないようにしたいですね。

末期がんの終末期 苦しいのは痛みとは限らない―緩和ケア(7)

https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20191029-00010000-jij-sctch&p=1

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